2008年12月09日

スペシャルティコーヒーは何故生まれたのか?A

★生産者を苦しめ続けてきた「コーヒーサイクル」★

 コーヒーという農産物は非常にデリケートなものです。良いものを収穫するためには熱帯〜亜熱帯の高地で霧(キリ)の発生しやすい寒暖差のある場所が必要です。でも霜(シモ)やハリケーンなどの気候変動にはとても弱く、収穫前に被害を受け全滅なんてことも珍しくありません。特に伝統的な高品質品種、ティピカ種やブルボン種などはそうした影響を強く受けてしまいます。
 一端ブラジルやコロンビアなどの一大生産地でこのようなことがおきると、一夜にしてコーヒーの受給バランスは崩れ、コーヒーの国際価格が跳ね上がることになります。
 この自然被害などによる価格高騰がおこると、当然ですが、多くの生産者はより収入を増やせると考え増産へと動きます。
 コーヒーは種をまいてから、およそ4年後に収穫が見込めるのですが、結果として4年後には収穫量が一気に急増することになります。すると再び逆の意味で需給バランスは崩れ、一転国際価格は大暴落をしてしまいます。
 このような価格変動のことを「コーヒーサイクル」と呼びますが、コーヒーが国際商品となった数百年前からコーヒー業界、特に生産者はこの価格の乱高下に悩まされ続けてきました。
 このような価格のブレをなんとか抑え、安定的な外貨獲得を行いたいと考える生産国ではしばしば輸出量の強制的な調整などを行いましたが(実際に1930年代のブラジルでは年間生産量の実に3分の1、毎年約50万トンのコーヒー生豆が海などに捨てられたこともありました)一国だけの調整ではなかなか期待するだけの効果は得られません。そこで様々な紆余曲折を経て、1962年ブラジル・コロンビアなどの生産国とアメリカを中心とする消費国の多くが参加して、コーヒーの流通量調整を行う国際的な組織、ICA(国際コーヒー協定)が作られました。
 ICAは事実上の国際的なコーヒーカルテルで、各生産国で生産量が割り当てられ、消費国への配給のスタイルが取られるようになりました。
 国際的な需給調整を行うためにはできるだけ安定、平準化されたコーヒーの供給が有利となります。際立った個性などはむしろ扱いづらいものとなるため、品質よりも、より生産性が重視されるようになっていきます。このようなことから、病害虫、気候耐性の強い生産効率の良い品種改良された品種などが各国で多く栽培されるようになっていきました。
(これがコーヒーの味わいを大きく損なう原因の一つとなっていきます。実際にコロンビアでは1960年代前半には伝統的なティピカ種が大半を占めていましたが1980年代には悪名高いハイブリッド改良種バリエダコロンビア〜病害虫に強く生産性は極めて高いが、香味は悪い〜が60%以上を占めるようになっています。これによってかつてコロンビアマイルドと呼ばれ高品質コーヒーの代名詞と言われたコロンビアコーヒーも大きくその品質を低下させることとなってしまいました)

 ほぼ定期的とも言えるようにやってくるコーヒーサイクルという価格の大きな変動。それに翻弄される生産者、生産国。かつてブラジルやコロンビアなどにとってコーヒーは唯一最大の輸出品でしたので、コーヒーの価格の乱高下はまさに国家存亡の問題と言っても過言ではなかったようです。
 そんな中で苦渋の選択として編み出されたのがコーヒー流通の国際カルテル「ICA」です。しかし、そのICAによるコーヒー流通の管理は結果として、コーヒーの品質の低下を作り出してしまいました。それは社会主義国家において生産性や品質が上がらないことと似ています。自由な競争なくして品質の向上はやはり無理だったのでしょう。
 「昔のコーヒーは良かった・・・」コーヒーに限らず、昔を懐かしむ感覚は珍しくありませんが、多分に過ぎ去った過去に対するノスタルジーのような情緒的な部分が多いようにも思われます。しかしコーヒーの場合、本当に「昔のコーヒーは良かった」という言葉がそのまま当てはまっていました。1960年代から90年代まで、コーヒーの世界的な品質は劣化の一途を辿っていたわけです。
 そんな中でも潜在的により良いものを作りたいの願う生産者とより良いものを飲みたいと望む消費者はいたわけで、彼らの行き場のないエネルギーがマグマのように噴き出して起きたのが、スペシャルティコーヒーの大きなうねりだった、というわけです。

 次回は、スペシャルティコーヒーが生まれるもう一つの影の存在、世界的な流通コングロマリット、巨大企業の存在についてご紹介したいと思います。


2008年12月05日

スペシャルティコーヒーは何故生まれたのか?@

 日本はアメリカ、ドイツに次ぐ世界第3位のコーヒー輸入国です。一人当たりのコーヒー消費量は約340杯/年。緑茶や紅茶、清涼飲料水などを含め、実は日本人が最もたくさん飲む非アルコール飲料になっています。
 数字だけで見ると紛れもないコーヒー大国ですが、日本は伝統的にインスタントコーヒーや缶コーヒーなどの加工用として使われる、下位品種のロブスタ種やディスカウントレベルのコーヒーが圧倒的に多く輸入されてきました。総輸入量は世界3位ですが、必ずしもトップレベルのコーヒーが多かったわけではなく、一人当たりの消費量でも実は10位にも入りません。(ちなみに一人当たりの消費量で上位はヨーロッパ、特に北欧地域が断然多く、1位のフィンランド、約1000杯/年を筆頭にノルウェー、デンマークなどでは700〜1000杯/年近くが消費されています。ちなみに世界最大の消費国アメリカは約400杯強/年ですが、近年劇的に高品質なコーヒーの割合を高めています)
 当店で専門的に扱っているスペシャルティコーヒーと呼ばれる世界トップクラスのコーヒー豆が日本に多く入ってくるようになったのは、この10年ほどのことです。ブラジルなど地球の裏側のような遠い産地という物理的な問題もあり、これまでなかなか分かりづらかった生産地や生産者の情報も最近ではインターネットなどの普及も手伝い、比較的簡単に入手することができるようになってきています。

 さてこの「スペシャルティコーヒー」という言葉、今ではそんなに珍しい言葉ではなくなってきています。
 スペシャルティコーヒーという言葉、その概念は1980年前後から主にアメリカを中心に広がってきた考え方です。元々アメリカ、クヌッセンコーヒーのエルナ・クヌッセンさんが提唱した「より特定された気象、地理条件が個性的で独特な風味を作りだす=スペシャルティコーヒー」という考え方に小さな販売業者、生産者が呼応する形でこの分野のコーヒーがスタートしています。ただ、実際にスペシャルティコーヒーが世界的なムーブメントになるのは2000年前後、20世紀の終わりくらいから、急速にその存在感を増してきます。
 世界的に高まる食文化の成熟、世界的な情報、交通の高度化、なにより、より美味しいものを求める消費者の欲求、それらがスペシャルティコーヒーというカテゴリーを後押ししましたが、実はスペシャルティコーヒーが生まれる背景にはそれだけでない、コーヒーという農産物がかかえる構造的な問題と、アメリカを中心に世界のコーヒー流通の多くを占める国際的なコーヒー流通企業などの存在が大きく影響を与えています。
 今回から、何回かに分けてこのスペシャルティコーヒーのうまれてきた背景と、そこに潜むコーヒー業界の長年抱え続けてきた問題について少しご紹介したいと思います。
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